mae-mo9 blog 前川モータースのブログ

243月/090

昔話シリーズ・EG6編・

自称1号機・・・通勤からサーキット走行までこなすオールマイティ!  ある意味中途半端な部分はありますが、自分で製作した車は思い入れが違いました。  サーキット、某峠を走りこむ!走りこむ!  飽き性な私も気に入ってました。   見覚えのある方もいると思いますが、この車両です。

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赤白ツートンカラー!  メデタイ(爆)   このカラーリングに塗装したのは、私の親父殿です(爆)  ちなみにナンバー付きです。   今思えば、これで某カーディーラーに通勤していたのですから、上司からしたら迷惑な話です。   タイム的にはこの頃はセントラル33から35秒ぐらいですかね。   走行会も台数が多く一番盛り上がってた時期ではないでしょうか・・・。   地元の某峠に当時人気の関西雑誌カーロードさんの取材が来たのもこの頃です☆  表彰台に乗ることはしばしばあっても、優勝はなかったんですよね。

練習はするものの、伸び悩む時期に入ります。  何をしてもタイムが伸びない・・・・世に言うスランプ・・・・ ある時思い切って当時では余りやっていなかったことにチャレンジ☆

フロントのワイドトレッド化である

。   ハチロクやシルビアなどは当然のようにワイド化されていた時代だが、何故かホンダ車はN1の意識が強かった。  シビックの当時のホイルサイズは、フロントは15X7J-OFF35と言うのがセオリー(今でもそうであるが)、私が選んだのは、15X7J-OFF27というサイズ。  約片側8ミリワイドだ。    PCD100のシビックではサイズが限定されてしまうが、インテRハブ(114.3)を使っていたのでサイズは結構あった。  ワイドトレッドスペーサーは個人的に余り好きでないので使うつもり無かった。

当然、フェンダーには収まりきらないので加工、さらにいらないものを除去&ロールバーを7Pから軽量化のためにリヤのみの5Pに変更・・・。    色々やりましたが、結局のところある程度のタイムまでは、ほぼどんな仕様でもタイムは出せるんだと思うんです。   車のスペックよりもドライバーの心理と練習量だと思うんですよね。    私にはその時の仕様変更が、大きく自分の気持ちの変化を生み出しました。   そしてあえて走行会のエントリークラスをシビックVTECクラスから、無差別クラスへ・・・・・修行の意味をこめてクラスアップ!!

結果、今までのタイムを更新して31秒台へ・・・・・。

そして大して意味はないんですが、カラーリング変更へ(爆)

 

つづく・・・・・

  

73月/090

昔話シリーズ・シビック編・

事故車のインテグラ・・・・さぁどうしよう・・・・・今でこそ当たり前のように行われているエンジンスワップだが、当時はまだB18Cエンジンも少なく高価だったため余り浸透していなかった。

インテグラを修理するにも、フレームまで逝っているし・・・うーん。   EGシビックを買おう!  そしてこのエンジンを載せたら楽しそうだ!!

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180SXを友人に売却し、EG6シビックを中古車で買った☆  画像とは違うが真っ赤のEG6だ。   たまたまパーツがついていた車両なので、そのまま走りこむことにした。

180SXとは動きが全然違う!! 反応速度が異様に速く感じた。   楽しい車だ!!

それによくよく考えれば、最初に欲しかった車(爆)   そこそこ乗れるようになってきて、EG6の初のセントラルデビューは雨だったかな・・・いまいち覚えてません(笑)

 そして満をじしてのスワップ開始!!  当時はEF9にB18Cをスワップと言うのが主流、EG6にはスワップできないなんて噂も出ていた頃だが、何とかなるだろうと思い着手。 

仕事を終えて帰ってきてからは、夜遅くまで作業・・・・・ 説明書がないので(今なら簡単だが)時間がかかる。  しかしインテグラ自体があるおかげで、パーツも殆ど買う必要なし。    2週間ぐらいだろうか? エンジンがかかった、ついでに足回りも全てDC2の部品と交換した。   エンジンを掛けてみる・・・・・意外なほどあっさりかかる(爆)  チェック点灯・・・焦る・・・・原因が分からない。  エンジンとにらめっこ(笑)  今思えばすごくしょうもないことだった、EGにはあってDCにはないスイッチが原因だった。   改善してスタート!!  チェックは点灯しないが、ECUはそのままだったのでその筋では有名な某氏に依頼、そしてついに完成した☆  EGのボディだが中身はDC2タイプR!

アーム類や、ハブまで変えたので結局DC2だ(笑)

自分でしたのでやはり達成感があった、ハイパワーマシンを手に入れたぞ!!と思ったが良く考えれば、普通のインテRだ(爆)   

1号機誕生である(大げさ)

 

つづく・・・・ 

53月/090

昔話シリーズ・初セントラル編・

 180SXに乗って、ほぼ毎週のように地元の某峠に出没する・・・・車遊びが楽しくて仕方ない時期でした。   一番最後を走っていたのもいつしか先頭も走れるようになった。  一番速いのではなく、自信がついてきたんだろう。  ここでもう一つ調子に乗る(爆)   また勘違いしだした(笑)   結構長い付き合いになるが、会社の同僚のアイルトンM氏も私とほぼ同時期にBB4から180SXに乗り換えた、結構二人して張り合ってたと思います(笑)   この頃は余りサーキット走行に興味はなかったのだが、ここで転機が来る。    

地元の金崎タイヤ商会さんが、セントラルサーキット走行会を企画したのだ。    色々悩んだが、アイルトン氏も出るというので僕もと言う感覚で初エントリー。     初めてのセントラルは、180SXで走った。

当時の仕様は、クスコ車高調、APEXマフラー、フロントパイプ、WMブレーキパッド、5Pロールバー 、タイヤは205-60-15の旧ネオバの新品だ。  ECUもノーマル、ブーストアップも無し、タイヤはネオバが最強だと思っていた(笑)   しかし初のサーキットは改めて自分の実力のなさを痛感することになる。    タイムは1.43秒・・・・決勝レースはビリから2番目・・・・・地元では負けないような車両に負けてしまう・・・・・。 実は勝てると思ってエントリーしただけに、そのショックはでかかった・・・・・。   反省・・・・・

  頑張って練習した、走ることについて、車のことについて、もっと勉強した。   2回目のサーキットはTIサーキット英田(現岡山国際サーキット)でのタイムアタックがメインの走行会にエントリーした。   180SXの仕様は何も変えず、タイヤをアゼニスに変更して初のTIに謙虚な気持ちで望んだ。   何気ないタイムだが、2分を切るのを目標にした。

 結果1.59秒台で終了、ビギナークラスみたいなもので小さいがトロフィーをもらった☆

そしてまたしても、金崎タイヤ商会走行会がやってきた。   セントラルにリベンジだ!!

 車両スペックもそのまま。  タイヤはまたしてもアゼニス! この時は余りSタイヤという気持ちはなかった。   タイムは1.37秒台!!  NTクラスと言うクラスで2位!! しかも当時の人気雑誌カーロードの取材つき!!嬉しかったですね、やはり謙虚が一番(爆)

 この頃、なんちゃってさんとも出会う、私の車人生に大きく影響を与えた人だ。

そしてサーキット走行にハマリ、私の悪い癖が出てしまう・・・・・・飽き性だ!!

といってもサーキットにではなく、180SXに・・・。   走行会に参加しているとやはり多いのが今も昔もホンダ車、欲しいなと思っていた頃に会社の同僚がDC2のタイプRで事故をした、廃車レベルだったが横からの事故だったのでボディ以外は全部使えそうだった。

たいした考えもなしに、思わず現状で買ってしまった・・・・・。  後にデモカーとして登場する1号機の心臓である。  

    

つづく・・・・・

33月/090

昔話シリーズ・デビュー編・

ノーマルから乗り始めた180SX・・・・初めてのターボ車であり、FR車両だ。   ノーマルで走りこんだ、タイヤさえ替えずに(爆) 少し慣れてきて、もらい物のダウンサスを組み込む。 寂しくなってマフラーも買った(爆)  結構一人で走りましたね・・・・車が替わったせいか、不思議とクラッシュのショックから立ち直ってきていた。  ホントに長かったと思う。  ずっと一人で走っている私に、FCからハチロクに乗り換えたMIDORIさんが、確か平日のだったと思うが、相手してくれた☆  如何せん、一人で走っていたがために周りのレベルと比べて、今時分がどうなのかが知りたかった。  180SXで初バトルはMIDORIさんだ!!  しかしまぁ見事に消されてしまった(泣)    でも心地よい緊張感と走る喜びを体感&取り戻した瞬間だった☆   とにかくよく相手してもらった、いつしかバトルと呼べる物になっていった。   MIDORIさんはこれを言うと嫌うが、私は走りの師匠はMIDORIさんだと今でも思っている、あの時一緒に走ってなければ、もしかしたら車をやめていたかも知れないからだ。   土曜日デビューも一緒にしてもらった、当然私は後ろの方を走る!! 遅いからだ!!  いつしか先頭を!  ノーマルで走りこんでいたので、少しのパーツ変更だけでもすごく違いが分かるようになった、やがて車高調もはいりそこそこ走れるようになり、自分にも自信がついてきた時期に入る。   

この辺りで先に話した、軽四耐久にエントリーした。   会社の先輩や同僚とのチームだった、確かイニシャルDが流行ってた時期なのでエントリーネームは、【あつはまスピードスターズ】だ(爆)    大して名前に意味はなかった(笑)   車はホンダTODAY NA550CC、改造のノウハウは全くなかった頃なので、取り合えず基本的な整備とノーマルスプリングカット、マフラー適当にカット、とにかく軽量化? みたいな超適当な車両でエントリー!!   この車両で合計2回耐久にエントリーするが、毎回エントリー台数が多く半分が予選落ち、そして2回とも見事予選落ち!!  予選落ち組の中で90分耐久が行われ、1回目は優勝!! 2回目はなんちゃってさんにも乗っていただき2位か3位だったかな? ちなみに予選落ちの原因は全てワタクシ・・・・・・実は意外によく走ったTODAY☆ エントリーしていたクラスで、中山のあの上り坂を3速ギアで上れたのはTODAYだけでした(笑) さすがパワードbyホンダ!!  今はKカーのパーツラインナップも増え、普通車と替わらないぐらい速い車両もいますが、当時は余りパーツもなく殆どお金かかってません状態だったんですよね。 これはこれで、今考えても楽しかったですね。   

そして180SXのサーキットデビューへと・・・・・・

つづく・・・・・結構大変

282月/092

昔話シリーズ・走行編・

規制緩和を受けて、アフターパーツがどんどん発売されていく時代になりました。     

 足回り、給排気系、タイヤホイル、ブレーキパッド、エアロパーツ等・・・

給料の殆どをプレリュードの改造に費やしました。 

その頃、初めて地元の某峠にギャラリーデビュー☆   誰もいないところで見よう見まねで走ってみる・・・・。   そこで初心者によくありがちな何の根拠もないのに、『自分て速いやん。』と思ってしまう・・・・  馬鹿である(爆) 。  仕事帰りや、ドライブがてらに某峠道似通う日々がつづく、自分は速い(上手い)と勘違いしたままで・・・・・。    ある時、一人で某峠道を走っていると、対向斜線を2台のハチロクとすれ違う。  先輩達だ・・・・。 すれ違ってから、今からUターンしてもハチロクになら追いつくだろうと・・・・・そしてかなりのペースで追いかける!追いかける!? 見事にスピン&ガードレールにクラッシュ(泣)

自分の無知ゆえのクラッシュである。  幸い怪我もなく、クルマも致命傷ではなかったのですばやく復活。  しかし自分のメンタルな部分が復帰できず、走ることに躊躇してまう。  この時期がかなりあった。

その頃、先輩や友人が中山サーキットで当時盛り上がっていた軽四耐久にエントリーしていた。    カートコースではなく、初の4輪サーキットはまたしてもギャラリーデビューだ(笑)   魅了されたねぇ~。  

次回は、自らエントリーだと決意☆

軽四耐久、様々なクラスがありましたが チョイスしたクラスは

Na550cc、13インチのクラスマシンは・・・・

250px-honday_todayホンダ Today 

画像のタイプとは違うが、550CC、インジェクション使用のやつだ☆

解体屋さんから2万ぐらいで買った。  次回の耐久レースまで期間があったので、結構のんびりと製作(大げさ)に入る。

 メンタルな部分を改善できないまま期間が過ぎていく、ちゃっかりとギャラリーにはいっていたが自分は皆に混じって走れない・・・・・・運転技術に自信がなかったのだ。  FF車両が全く分かっていなかった。  走りたい!  ここで私の飽き性が出る(爆)  当時スポーツカー(スポーティーカー)といえば日産の180SXというぐらい、淡路では多かった。  友人も乗っていて、それに魅了・・・BB4を売却、180SXを購入!!

car2-large後々雑誌の取材時にも言われるが、関西の峠事情では圧倒的にFF車両、シビックが大半を占めていた時代に淡路では日産車、FR車両が多っかたのだ。 白の180SXばかり10台ほど並んで走るのはざらにあったのだ。   私はまた最初から、やり直しだ。  当分、ノーマルのまま乗って、大げさだがこの車を理解しようと思った。  

つづく・・・・・暇人?  


 

 

 




  

262月/092

昔話シリーズ・就職編・

 高校在生活後半は、アルバイトと教習所通いの連続でした。 ちょうど阪神淡路大震災の年です。    

友人は大学や専門学校等、色んな選択をしておりましたが、私は迷わず就職希望!!  とにかく勉強嫌い(爆)   就職してめいいっぱいカートをしたいと・・・・レースをしたいと思っておりました。 

 卒業して地元淡路島のホンダディーラーに整備で就職、当時は人数が少なかったのと実家がクルマ屋なので付き合いで入れてくれたのでしょう(爆)   今思えば、普通高校卒業で何の心得もない私がディーラーで働けたのは奇跡ですな(汗) 

 当時の同期入社が確か4人、皆さん年上です。   かなり遠慮しましたが、同期入社のアイルトンM氏に『年は違うけど、同期やねんから遠慮すんなよ。』 といっていただけたのでかなり気が楽になりました。  と言うわけで2年間最年少!!    

仕事ではさっぱりな私に、師匠の当時金髪K氏が熱心?に教えてくれました、今になっても感謝しております。  私の整備の基本はディーラー時代に養われたものなんですよね。   

就職してしばらくは家の代車や、自分のバイクで通勤!  そろそろ車を買うぞ!!  最初はカートをする為に軽バンを買おうと決意・・・・・しかーし!たまたま見かけたこいつに心奪われる・・・・・・

top_imgホンダ ビート☆

母の知り合いの自動車屋さんが持っていたのを譲ってもらう。

これが私の最初の愛車である(爆)  よく最初からシビックとか乗っていたんでしょ?って言われるが、実はビートである☆ 

 結構楽しかった。 かといって別に何をしたわけでもなくただ乗っていただけでした。   しかしこの頃から実車に乗り出すと、不思議とカートへの意欲が減ってきた。   

実際、高校卒業してからはカートには乗っていない、今思えば興味がなくなったというよりいつも乗れるクルマがただ楽しかっただけなのかもしれない。  

ご存知の方もいると思うが、私は実はかなりの飽き性だ(汗)  3ヶ月位でやはり普通車車に興味がいってしまった、師匠のK氏は当時EG6シビックに乗っていた、アイルトンM氏はBB4プレリュード。   

私はシビックが欲しくなった、その頃はEG6が新車で売られていたのだ☆   早急にビートを売却、いざ注文!!・・・・・?!   EKにモデルチェンジの時期であった為すでに在庫無し・・・・。   EKは、その頃は見た目が異様で興味なし・・・何故か当時は新車しか考えがなかった。  今思えば中古車で充分だったのに。  じゃあインテグラDC2丸目のVTECだ!!・・・・・・?!  こちらもモデルチェンジ時期でこれまた在庫無し・・・・・。   

DC2タイプRがデビューの年だった、タイプRも考えたが、当時は、納車半年待ち・エアコン無し・パワステ無し・パワーウィンドー無し・オーディオ付けれません・・・・

それも今思えばそんな訳ないやろ!!って突っ込みたくなるような雑誌の資料を、見事に間に受けてしまったワタクシ・・・・・。   はい、諦めました(爆)   

結局VTEC搭載車両って・・・・これ・・・

si_vtecBB4プレリュード!!  2200CC VTEC   200PS

画像は前期ですが、後期の車両を購入(もちろんローンで)。  2代目の愛車☆

この時期に規制緩和が入り、俗に言うチューニングという物が認められていく時代に突入していく。  

簡単に言うとシャコタンOKになった時期ですな(笑)    

そして私の現在の仕事やレース&走行会に積極的になった要因になる時代に入っていきます・・・・・・

 

つづく・・・・・まだまだいくよ~(爆) 

 

252月/092

昔話シリーズ・・・

sbsh0099実家の家業がクルマ屋さんだったせいか、小さい頃から車が好きでした。 かなり小さい頃に足こぎのクルマのおもちゃをペンキで塗ってた記憶があります(爆) 中学生ぐらいでF-1に興味を持ち、必ずTV放送は見てましたね。 中島 悟氏が現役で走られてた頃です。その頃仲間うちでF-1のラジコンが流行り、本物のの真似事で土曜日には予選、日曜日には決勝と・・・ほぼ遊びほうけておりました(汗) その頃にレーシングカートに出会い、淡路島にもカートコースがあるのを知ってしまいました。 すぐに欲しかったのですが当然買える訳もなく、高校に進学時に一瞬進学しないで(勉強が大嫌い)、就職しようと思いましたが周りの反応がいまいちで取り合えず高校受験(爆) 確かその時の約束が、地元の公立高校合格だと、自転車通学で済むのでカートを買ってあげるという約束でした☆  勉強した!!・・・かな? 奇跡的の合格し、念願のカートをゲット!! 高校生活はカートのためにあったようなものでした。 とにかく購入してしまうと当然走りに行きたくなる・・・しかし、おこづかいでは走行料金だけで飛んでしまう・・・考え付いたのが、毎日お昼ごはん代をもらっていたのを食べずにケチって内緒で貯金(笑) 我ながらよくやった(体重も減った)。 3年生の頃には学校には内緒でアルバイト(汗) おかげで毎月走行&消耗品も交換できて、決して速くはなかったが楽しかった。 地元のカーとショップ主催のレースにも出場!遅かったが、抽選で現金3万ぐらいもらった記憶がある。 高校生には大金だ(爆) ちなみにAE86のMIDORIさんとは高校生からの付き合いだ。 

つづく・・・・長いって(笑)